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東京高等裁判所 昭和29年(う)1911号 判決

控訴人 被告人 青木浩 外六名

弁護人 長野国助 外一二名

検察官 田辺緑朗

主文

原判決中被告人青木浩、同岩名地菊夫、同田丸繁晴、同稲葉寛三、同鈴木正一郎に関する部分(但し鈴木正一郎については有罪の部分)を破棄する。

被告人青木浩を懲役八月に、同岩名地菊夫を懲役六月に、同田丸繁晴を懲役十月に、同稲葉寛三を懲役六月に、同鈴木正一郎を懲役一年に処する。

但し、この裁判確定の日から被告人青木浩、同岩名地菊夫に対しては各四年間、被告人鈴木正一郎に対しては五年間右刑の執行を猶予する。

被告人青木浩から金参万参千九百参拾弐円を、同岩名地菊夫から金五万壱千円を、同田丸繁晴から金参拾万参千六百五拾七円を、同稲葉寛三から金拾七万弐千弐百参拾弐円を、同鈴木正一郎から金弐拾壱万八千円を追徴する。

訴訟費用中原審証人竹下栄一、同岡村清一(昭和二十八年六月十七日出頭の分)土屋重国に支給した分は被告人岩名地菊夫の負担、原審証人上原市太郎同高橋豊太郎に支給した分は被告人田丸繁晴の負担、原審証人藤代三郎同前田但(昭和二十八年四月一日出頭の分)同前田みつ(前同日出頭の分)に支給した分は被告人田丸繁晴と相被告人岡村清一、原審相被告人岡田英男との連帯負担、原審証人野村博に支給した分は被告人田丸繁晴と相被告人岡村清一との連帯負担、原審証人山田遵二、同石井宇一、同佐藤但一、同岡田英男、同杉崎篤司、同岡村清一(昭和二十八年五月六日出頭の分)は被告人稲葉寛三の負担、当審証人山際久美子に支給した分は被告人鈴木正一郎の負担とする。

被告人杉崎篤司、同岡村清一の本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中国選弁護人近岡孝吉に支給した分は被告人杉崎篤司の負担、国選弁護人藤原義之に支給した分は被告人岡村清一の負担とする。

理由

第三、被告人田丸繁晴、同稲葉寛三に関する控訴趣意について

一、島田弁護人の控訴趣意第一点(憲法違反)について

国民金融公庫は銀行その他一般の金融機関から資金の融通を受けることを困難とする国民大衆に対し必要なる事業資金の供給を行うことを目的として設立せられた公法人であつてその資本金は政府の全額出資にかかり、その業務は同法所定の公庫業務方法書に従い適正に行わるべきものであるから、右公庫の行う業務は公共的性格を有し、民法上の法人又は商法上の商事会社のように私的な金融業務を行うものとはその性質を異にするものである。国民金融公庫法はかかる業務の公共性に鑑み、その役員及び職員の権利義務を国家若しくは公共団体の官吏公吏その他法令により公務に従事する職員の職務権限と実質的に異ならないものとし、昭和二十七年五月二十八日法律第百五十三号を以て改正される前の国民金融公庫法(以下旧法と称する)に於ては公庫の役員及び職員の身分を国家公務員とする旨の規定を置き、同法による改正後の国民金融公庫法(以下改正法と称する。)においては、刑法その他罰則の適用についてはこれを法令により公務に従事する職員と看做す旨の規定を設けたものである。而して国民金融公庫の役員及び職員たる地位は、それが公務員とされると否とに、拘わらずその役職員となろうとする者の自由意思に基き任命権者の任命により取得される身分関係であるから、憲法第十四条にいわゆる社会的身分には該当せず、かかる役職員に対し一般人と異る職権職務を定め、これに対応する刑事責任、懲戒又は服務規律を定めたからと云つて憲法第十四条にいわゆる法の下における平等に反するものではない。また公務員に対し、その権利義務の内容を定める法規がその職務内容に応じ、他の公務員と比較して多少の実質的な相異があつたからと云つて、それが法の下における平等と云う理念に照し不合理と認められない限りは、かかる内容を有する法規が憲法第十四条に違反するものであると云うこともできない。所論は国民金融公庫の役職員が、その雇用、服務、給与、災害補償等において、一般の公務員と同等の待遇を受けていないのに刑法上公務員として涜職の責任を問われるのは不当であるとし前記国民金融公庫法の規定は憲法第十四条に違反するものであると主張するのであるが、所論は旧法時における公庫の役職員の処遇については必ずしも当らないのみならず仮に所論のような処遇上の差異があるとしても、これを以て直ちに同公庫の役職員に対し、不合理な差別待遇を加えたものとは認められないから、所論の国民金融公庫法の規定は憲法第十四条に反する無効のものであるとすることはできない。故にこの点に関する論旨はすべて理由がない。

次に職権により原判決の法令適用の当否につき審究するに(昭和三十年八月九日附控訴趣意補充申立書参照)旧法第十七条によれば公庫の役員及び職員は刑法第七条にいわゆる公務員として、また改正法第十七条によれば罰則の適用に関する限り刑法第七条所定の公務員として、刑法上これと同一の責任を負担すると共に同一の保護を受けるものであるから右役員又は職員がその職務に関し賄賂を収受したときは刑法第百九十七条第一項にいわゆる公務員がその職務に関し賄賂を収受した場合に該当するものとして同法条を以て問擬されるものである。原判決はこの趣旨の下に判示法条を適用したものであることは判文を通読すれば自ら明らかであるから、原判決には法令の適用を誤つたものと云う違法は存しない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

弁護人島田武夫の控訴趣意

第一点原判決は憲法第十四条に違背し、この違背は判決に影響を及ぶすことが明かである。

一 原判決はその理由において、国民金融公庫(以下公庫と略称)は銀行その他一般の金融機関から資金の融通を受けることを困難とする国民大衆に対して必要な事業資金の供給を行うことを目的として、昭和二十四年六月一日国民金融公庫法(同年法律第四九号)に依り成立した公法上の法人であつて、その目的を達成するため、公庫業務方法書に従い、生産資金の小口貸付の業務を行い、公庫の職員は、国民金融公庫法の一部を改正する法律(昭和二七年五月二八日法律第一五三号、公布日から施行)の施行前には、国家公務員とされ、同法施行後は刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなされたものであるが、被告人田丸は昭和二十四年六月一日から同二十五年二月二十八日公庫高松支所勤務を命ぜられるまでの間、公庫本所業務部次長として、生業資金の小口貸付に関する職務権限を有し、被告人稲葉寛三は昭和二十四年六月一日から同二十五年六月三十日までの間は、公庫本所業務部貸付課長として、同年七月一日から同二十六年十一月十日までの間は、同部審査課長として、右小口貸付に関する職務権限を有していたものであるが、被告人両名は何れも右職務に関し判示のように賄賂を収受した旨説示し刑法第百九十七条第一項前段を適用処断した。

二 しかし昭和二十四年法律第四九号国民金融公庫法(旧法)第十七条に「公庫の役員及び職員は国家公務員とする」との規定並にこれを改正した昭和二十七年法律第一五三号(改正法)第十七条が「刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす」との規定は何れも憲法第十四条に違反し無効の規定である。従つて同条を前提として被告人等の収賄罪を認定した原判決は擬律を誤つたものといわねばならない。元来公庫の目的とする生業資金の貸付の業務は、中小企業家の生業を維持発展せしめるのが趣旨であり、企業家が生業を営むのは、これらの者が私利を図ることであつて、生業資金の貸付は、個人が私利を図ることを援助奨励する行為に外ならない。従つて生業資金の貸付行為は本来私的行為である。ただ多数の業者に資金を貸付ける為めに、産業の振興に寄与する結果となる意味において公的性質を帯びるに過ぎない。しかし公庫の役職員の行う貸付行為自体は私的行為であるから、公務に従事するものとは認め難い。然るに旧法第十七条が「公庫の役員及び職員は国家公務員とする」と規定したのは、本来公務員でないものを公務員としたものであつて、改正法第十七条が公庫の役職員は「公務に従事する職員とみなす」と規定したのとは、条文の表現が違うだけで、その趣旨に何等変化を認めることはできない。その何れもが、公庫の役職員は、本来公務員でないのに、これを公務員とみなしたものである。

三 公庫の役職員は、公務員でないのに公庫法によつて公務員とされまたはみなされる。これによつて、公庫の役職員が経済的、社会的に一般公務員と平等の待遇を受けるのであれば、罰則の適用について、公務員と同様の取扱を受けるのも亦止むを得ないことである。然るに公庫の役職員は罰則の適用についてだけ公務員の取扱を受け経済的社会的には公務員としての待遇を受けていないのである。すなわち、(一)公務員の雇用、服務及び休暇等は、公務員法や人事院規則によつて定められ実行されているのに、公庫の役職員の雇用、服務及び休暇は労働基準法や公庫の内部規程によつて定められ実行されている。(二)公務員は給与に関する法律によつて給与を受けるのに、公庫の役職員は公庫の内部規程によつて、公務員よりも低額の給与を受けている。なお公庫の役職員には恩給の制度は行われていない。(三)公務員は職務上災害を受けたときには、国家公務員災害補償法によつて、災害が補償せられる。然るに公庫の役職員の災害は労働基準法によつて補償されるに過ぎない。

右のように公庫の役職員は、社会的にも経済的にも公務員としての待遇を受けていない。然るに刑法その他罰則の適用についてだけは公務員として取扱われる。かように公務に従事しない公庫の役職員を強いて公務員にし、社会的経済的には公務員の待遇をしないで、処罰の面だけを公務員として取扱うのは、一般公務員との比較において不平等な差別待遇をするものであつて、公庫法第十七条は憲法第十四条に違反し無効の規定といわねばならない。然るに原判決が同条によつて被告人等を公務員として収賄罪の成立を認めたのは法令の適用を誤つたものであつて到底破毀を免れないものと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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